相続放棄等の「熟慮期間」と、令和2年7月豪雨の被災者に対する特例措置
令和2年7月豪雨を特定非常災害に指定すること等を内容とする政令が令和2年7月14日に公布、施行されたことに伴い、災害救助法が適用された災害発生市町村の区域(対象区域)に住所を有していた相続人について、熟慮期間(相続の承認又は放棄をすべき期間)を令和3年3月31日まで延長する特例措置が実施されます。
◆相続放棄等の「熟慮期間」とは
被相続人が亡くなると、相続人は被相続人の一切の財産を相続することになり、被相続人に借金等の債務がある場合は、その債務も引き継ぐことになります。これを「単純承認」といいます。
相続人が被相続人の借金等の債務を引き継ぎたくない場合は、「相続放棄※1」をすることにより、その債務を引き継がないことができます。ただし、被相続人の債務だけでなく、被相続人が有していた財産(不動産や預貯金等の権利)も引き継がないことになります。
また、相続放棄のほか、被相続人の借金などがどの程度あるか不明であり、財産が残る可能性もある場合等には、相続人が相続によって得た財産を限度として被相続人の債務を引き継ぐ「限定承認※2」をすることもできます。
相続人が相続放棄及び限定承認をする場合には、原則として「自己のために相続の開始があったこと(被相続人が亡くなったことと、それにより自分が相続人となったこと)を知った時」から3カ月以内に家庭裁判所でその旨を申述しなければならないとされており、この期間を「熟慮期間」といいます。
熟慮期間を過ぎると原則、単純承認をしたものとみなされ、全て相続することになります。なお、家庭裁判所に熟慮期間の伸長の申立てをすることもできます。
※1相続放棄をすると初めから相続人でなかったものとして扱われ、同順位の相続人全員が相続放棄をした場合は後順位の者が相続人となります。ただし、相続税の基礎控除額の算式(3,000万円+600万円×法定相続人の数)における「法定相続人の数」は、相続放棄がないものとした場合の相続人の数となります。
※2限定承認は相続人全員(放棄した者を除く)で行う必要があり、期間内に相続財産の目録を家庭裁判所に提出し申述しなければならないなど、手続は煩雑です。また、限定承認によって相続した財産は時価で譲渡があったものとみなされ、土地等の含み益がある財産には譲渡所得税が課せられるなど、注意が必要です。
◆令和2年7月豪雨による熟慮期間の特例措置
令和2年7月豪雨による災害が発生した令和2年7月3日に、災害救助法が適用された対象区域に住所を有していた相続人を対象として、相続放棄等の熟慮期間(令和2年7月3日以後に満了するもの)の終期を令和3年3月31日まで延長する特例措置が適用されます。
例えば、相続人が令和2年6月1日に自己のために相続の開始があったことを知った場合、通常の熟慮期間の終期は同年9月1日となりますが、特例の対象となる相続人は終期が令和3年3月31日となり、同日までに相続放棄や限定承認の申述をすればよいことになります。
◎本特例の留意点等・本特例の適用は、被相続人が被災者であるか否か、相続の対象となる財産が対象区域にあるか否かは関係なく、相続人が令和2年7月3日に対象区域に住所を有していれば、適用されます。
・対象区域に住所を有していたかどうかは、家庭裁判所が住民票、勤務証明書、在学証明書、公共料金の支払に関する記録などの各種の資料に基づいて、その生活の本拠が対象区域にあったかどうかで判断することになります。
・熟慮期間は各相続人ごとに、自己のために相続の開始があったことを知った時から進行するため、相続人が複数いる場合は、令和2年7月3日に対象区域に住所を有していた相続人だけに本特例が適用されます。
・相続人が未成年者又は成年被後見人である場合、その熟慮期間は本人ではなく、法定代理人(親権者や後見人)を基準に判断することになるため、法定代理人が令和2年7月3日に対象区域に住所を有していた場合に、本特例が適用されます。
・本特例の対象者が令和3年3月31日までに相続放棄等を選択できない場合は、同日までに家庭裁判所に熟慮期間の伸長の申立てをすることで、その期間を更に延長することができます。
・伸長の申立てをしないまま、令和3年3月31日まで(熟慮期間が同日より後に満了する場合はその日まで)に相続放棄等をしなかった場合は、単純承認をしたものとみなされます。